伊部不老川のほとりに陶房を構え、鎌倉時代から桃山時代の古備前の再現に生涯をささげられ、終始、手廻し轆轤の前で胡坐をかいて‥‥ダイナミックで野性味あふれる作品造りを紐造りにこだわられていたお元気なお姿が懐かしく思い出されます。
まさに日本陶芸界に置いて、独尊を貫いた稀に見る気骨ある陶芸家でした。
‟群れずに独尊を貫いた陶芸家Ⅲ” として数回に亘って原田拾六先生のことをご紹介させていただきたいと思っております。

京都書院『陶』より
1993年7月、㈱京都書院から出版された『陶‥‥原田拾六』の掲載作品の選別やデザインを私が担当させていただいたことから、まず私の拙文による巻頭文から。

巻頭文
平成3年、瀬戸内海を望む小高い牛窓のオリーブ園、ペンション村にほど近い地に、原田拾六は永年の研究に基づき独特の設計をした半地下式穴窯は漸く完成をみた。
岡山・牛窓は東洋のエーゲ海といわれ、穏やかな瀬戸内海の爽快な眺め、岡山の温暖な気候を一身に受け、関西のリゾート地として最近、とみに脚光を浴びている所である。
「ポンポンポン‥‥」漁船の元気な音は早朝の牛窓に良く似合う。
きらきらと眩いばかりの海原に小舟が行き交っている。前方の小豆島や波間に浮かぶ島々。この穏やかな瀬戸内海で、その昔、備前焼を積んで東方に運ぼうとした船が台風などに会い幾つか沈んだ。
ひよんな事から、この海底に眠っていた古備前が引き上げられ、時の古陶愛好家に一大センセイションを巻き起こした大事件だった。

原田拾六はその時の海揚がりの備前擂鉢(写真)を所蔵している。牛窓沖、小豆島の付近から揚った物を求めたのだ。この擂鉢は造型といい、土味も申し分ない。また素晴らしい赤焼を呈している。「当時、擂鉢は5、6枚重ねて焼くが、窯の底面に置いた部分は生焼けになりやすい。そのことからおそらく下から3枚目の擂鉢ではないか」と拾六は推測しているが、回りの土に反応して最高の発色が得られのだろう。
拾六の造る擂鉢はそれらのことを参考にして制作している。さらに新意を加えた擂鉢は迫力満点。古作を含味した素朴な土味と豪快な造りの擂鉢は「拾六備前」の代名詞みたい。
昭和43年より古窯址のある山野を歩いて土を採っては焼成テストを繰り返していた。拾六を古備前再現に駆り立てたのはお預け徳利。その造形や土味を思い浮かべ、備前創始期からのテーマである「土と炎」の研究に没頭した。
「その結果として良い土を生かすも殺すも”焼成の仕方だ”と言い切った。
昭和50年には古備前研究の第一人者・桂又三郎との知遇を受け、ともに古窯跡を歩き、掘り当てた陶片からその時代の窯の構造、詰、窯焚きの様子などを、その一片に秘められた「窯技」だけではなく土味・造りなど多くを学びとって新たに信念と努力を凝結し、土と炎が織りなす人為合作の美を探り求めてきた。
掘り当てた土を時間をかけ選りすぐり、寝かしつけ、丹精込めて揉みあげた。憑き物がついたように抜群の土味を醸し出す陶土にするために努力する拾六の真剣さには、心を揺さぶられる。

著者蔵
「拾六備前」はみみっちく小技を見せず、野武士のごとく大胆に造型する。
しかも古作に無言の糧を求めて、狂人のごとく土にむかう執念はとどまるところを知らない。
玉挽による、ぐい呑のアバタ高台。紐造りによる徳利の胴の削り。
古備前に無い太い耳の壺。土の塊を刳りぬき、胴を大胆に削り込んだ壺。幾重にも重ねた葉皿。石を噛んだ荒士の陶板。それら全てが「拾六備前」の生気溌溂とした魅力を生んでいる。

砧花入のような煙突が印象的
正面が瀬戸内海前島(撮影:著者)
ここ牛窓に全長20メートルの穴窯を計画した。竹を割ってアーチを造り、そこに塗り土をし、窯壁をくりぬいて作品を窯詰する「システム鞘」と言うべき工夫を凝らした新案の窯を築いた。こうして平成4年秋、執念の初窯焼成に成功した。
色とりどりの火襷や胡麻など、永年の修練の打ち込みが実り人を動かす作品を生んだといえるだろう。
伝統備前を踏まえ、その上に新意を展開し、独尊に徹する陶魂は一段と精彩を放ち、まさに潮の満ちる時がきた。
文:黒田草臣

原田拾六 陶歴… 黒田草臣調べ
1941年
岡山県邑久郡長船生まれ、備前市伊部の不老川のほとりに育つ。
1964年
明治大学農学部農産製造学科卒業( 現農芸科学科)のち会社勤めをする
1969年
備前焼制作のため伊部の自宅に陶房を建てる
1971年
自宅の庭に小型の穴窯を築く
1972年
不老川傍に登窯を築窯
1975年
古備前研究家 桂又三郎の知己を受けて師事 備前の古窯址発掘調査を本格化させる
1976年
松山三越を皮切りに大阪阪神、東京小田急本店などで個展を開催する
1977年
フランスに遊学
1978年
桂又三郎氏「喜寿記念展」出品作品を拾六陶房にて制作焼成
1979年
主婦の友社「窯別現代茶陶大観」に選出
1981年
小冊「備前の歴史」を桂又三郎監修により出版
1983年
しぶや黒田陶苑にて初個展 以後、毎年開催
在日オーストリア日本大使館の要請によりオーストリア国立民族博物館にて布志名焼舟木研児と二人展
1991年
永年の構想から牛窓阿弥陀山古墳群近くに独自の穴窯を築き
その「初窯展」をしぶや黒田陶苑にて開催
1993年
京都書院「陶」シリーズ 当苑の推挙にて選出され、作品集を編集させていただき出版する
1996年
小学館刊「現代日本の陶芸家と作品西部編」に当苑の推挙にて選出される
1997年
同朋舎「陶21」 当苑の推挙にて選出される
2000年
日本陶磁協会賞受賞 古備前研究からの実践により、当苑が推挙する
2002年
日本放送出版協会刊「茶陶 歴史と現代作家101人」に選出
岐阜県現代陶芸美術館開館企画展「日本陶芸の展開」に出品
2003年
東京都庭園美術館企画展 現代日本の陶芸「受容と発信」に出品
2004年
茨城県立陶芸美術館企画展 備前焼の魅力「伝統と創造」に出品
2005年
小学館「現代日本の陶芸家125人」(黒田草臣著)に搭載
2006年
PEN「黒田草臣が厳選した、人気陶芸家の器」に搭載
2013年
東広島市立美術館「渋みの世界」出品
2024年8月 没
【アートコレクション(Art Collection)収蔵先】
メトロポリタン美術館(The Met)、ニューオリンズ美術館(New Orleans Museum of Art)
岐阜県現代陶芸美術館、東広島市立美術館、韮崎大村美術館、ボストン美術館ほか。
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※次回:原田拾六②‥‥群れずに独尊を貫いた陶芸家 Ⅲ
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