2026年05月04日

越前① ‥‥ 日本六古窯〔六〕

越前壺 鎌倉時代 箱根美術館

極めて韻致の高い醇朴な壺や甕が焼かれた、陶の里がある。

ここは他の五古窯のある太平洋側ではなく、高志・古志・古之(コシ)の入り口といわれる日本海に面した“越前”である。

越前は大化の改新で「越国」となり、大宝律令で都に近い順に越前・越中・越後に分割され、平安中期の『延喜式』に「越前国は北陸道唯一の大国」と区分されている。明治4年(1871)の廃藩置県まで使われた福井県北部をさす旧国名であった。

越前海岸(photo:辻岡正美様)

日本海の荒波が作り上げた断崖(高130m)に、白い波が限りなくたたきつける越前海岸は、北は東尋坊、南は敦賀の杉津(すいづ)にかけての壮観な海岸線がつづく。

越前の冬は暗雲立ち込めた雲間から雷が鳴り響く、寒冷の地であった。北陸特有の鉛色の空。古窯址から見上げれば、弱々しい陽の光が杉林から漏れ、年末から雪中花といわれる越前水仙が咲きはじめ優しい陽の光がそそいでいる。

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日本海に沈む夕日の美しさは格別‥‥私は窯業地を訪ねる中で唐津の浜野浦や萩の田床山、山陰出雲、越前海岸、新潟枕崎、酒田日和山、秋田鳥海山などから日本海に夕日が沈むのを見るのも楽しみの一つであった。越前の人は泰澄が開いた白山山頂から沈む太陽は絶景だ、といわれる。

日本海に沈む夕日(photo:辻岡正美様)

越前焼とともに1500年の歴史を誇る「越前和紙」、鯖江の「越前漆器」「鯖江メガネ」。武生の「越前打刃物」、木と木を組んで作る「越前指物」などは代表的な特産品。食の名物には冬の味覚「越前ガニ」、越前海岸の「活烏賊」「雲丹」。初夏には宮崎町の赤土「タケノコ」、夏には「焼サバ」、秋には「越前おろし蕎麦」、年越しの「鯖へしこ」、「小鯛ささ漬」、「水羊かん」、「羽二重餅」であろうか。

昨今では「若狭牛」、「ソースかつ丼」、「ボルガライス」などが人気なようだが、私は蕎麦党、これらは食したことはない。越前の蕎麦粉は丸岡産を分けていただいていた。その昔、越前蕎麦の出汁には、味噌汁の上澄みだけを使っていたお店があった。今もあるのだろうか?

焼サバの職人さん(photo:辻岡正美様)

平成17年(2005)に武生市と今立郡今立町が合併してできた越前市は、福井県嶺北地方にある池田町と日本海に面した越前海岸を東西に、南北を南越前町と鯖江市に接している。

福井平野の中央を流れる日野川に挟まれた丹生山地は広大な緑豊かな海抜の低い山々と織田盆地や宮崎盆地で形成されている。

この織田町や宮城村を中心に古の陶工が粘りのある鉄分のある陶土を見つけたことで、北陸道がヤマト王権の支配下となって以後の平安時代に須恵器陶工の集落が神明ヶ谷(しめがたに)などに60以上の須恵器窯ができたと思われる。

さらに約800年前の平安末期以後に愛知県常滑からの陶工集団が到来し、その焼成技術を取り入れて越前町小曽原をはじめ同町にある熊谷・平等などの丘陵地に多くの古窯址が点在するようになったと考えられている。

この先に平等古窯址(photo:辻岡正美様)

ヤマト朝廷の官窯的存在であった須恵器では端正な轆轤造りだったが、武家社会の鎌倉時代になると農民自らが作陶するようになった。半農半陶の生活の中で丈夫さを求めて紐造りされた「壷・甕・擂鉢」などが主体ととなった。焼も空気を遮断する窖窯の還元焼成から山の斜面に築かれた登窯によって酸化炎で焼成されることが多くなって茶褐色が多くなっていく。

越前では土地の名をとった「織田焼」や「平等焼」が焼かれるようになり鎌倉時代から室町時代に全盛を誇ったが、室町末以後、衰退の一途をたどっていく。このことは太平洋側の常滑や丹波などの五古窯にも同様の兆しは見えているが、地理的にも越前は地元の需要に頼っていたため孤立していたことで衰退へ加速させていた。

私が古窯址を散策した時、岳ノ谷など急斜面に築かれた古窯址は杉林や竹林となり、その荒廃さには驚いたが、人の手の入らぬ静寂さが越前焼の永い歴史を肌で感じさせてくれたものである。

江戸末期に瀬戸から有段式登窯の技術を取り入れ色絵陶磁器を焼くも、焼締陶「越前焼」には長い空白ができた。ようやく昭和時代、小山冨士夫によって「日本六古窯」の一つに数えられた。こうして「越前焼」は福井県の支援のもと、昭和46年に越前陶芸村が開設された。

越前壷(鎌倉時代)箱根美術館蔵

地元の藤田重良右衛門(1922~2008)は「越前輪積技法」を継承し、京都陶芸界の重鎮・木村盛和や福島から畠山是閑などを招聘して彼らは越前焼再興に尽力していく。

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最近の気候は温暖化の波にのってさほど感じられないが、初めて訪れた1960年代の越前焼の里は3m以上の豪雪に閉ざされる厳寒の窯場だった。

温かい春を待ちきれぬ窯は屋根で雪から守られ、白銀の世界から煙が一筋うっすらと立ち上ぼる風情は六古窯の中でも越前だけが有していた。

中村豊作 越前三輪車 
M氏が乗る